タイキシャーロックとは日本の競走馬である。おもな勝鞍はエルムステークス・マイルチャンピオンシップ南部杯。クラブ募集価格は3400万円(34万円×100口)。
戦歴
骨折によりデビューは大幅に遅れ、1995年の東京優駿(日本ダービー)が開催された週の東京競馬場の未勝利戦となる。出走馬中唯一の未出走馬であったが、2馬身半差をつける快勝で初勝利を収めた。なお、次走で芝のレースを使われるが、芝適性や脚部への影響を考慮され以後はダート路線に専念する。
1996年8月、準オープン3連勝を含む5連勝で一気にオープンに昇格、脚部不安から一時戦線離脱するも、1997年復帰初戦のオープン特別を快勝。エルムステークスではバトルラインに僅差屈するも、続くマイルチャンピオンシップ南部杯ではそのバトルライン以下を大差で振り切るレコードタイムで優勝。前走の雪辱を果たすとともに、悲願のGIタイトルを獲得した。
この後浦和記念2着をはさみフェブラリーステークスに出走、単勝1番人気にも支持される。結果いかんではドバイワールドカップへの遠征も視野に入れた一戦であったが、5着敗退により遠征は白紙に戻される。その後重賞2勝を加えるなどダート中距離路線の主力馬として長く活躍した。
1999年、現役最終年となるこの年は未勝利に終わり、12月22日に高齢や脚部不安を理由に現役から引退となる。中央競馬・地方競馬を通じ常に上位人気に支持され、6着以下に敗れたのはわずか3回と安定した戦績を残した。競馬評論家の大川慶次郎はこの馬を「大型馬ながら四肢の回転が早くダッシュ力に優れ、砂をかき込む力も強いダート巧者」と評した。
競走成績
以下の内容は、netkeiba.comおよびJBISサーチに基づく。
種牡馬時代
翌2000年から北海道日高スタリオンステーションにて種牡馬として供用され、おもな代表産駒としてゴールドハートラン(新春ペガサスカップ)、リュウヨウ(読売レディス杯)など地方競馬のダート競走での活躍馬を出した。2008年より種牡馬から用途変更となり、功労馬として繋養されていたが、同ステーションは2015年末に閉鎖されており、その後の行方は不明となっている。
血統表
- 近親に中山グランドジャンプ2着のミナミノゴージャスがいる。
脚注
外部リンク
- 競走馬成績と情報 netkeiba、スポーツナビ、KEIBA.GO.JP、JBISサーチ、Racing Post




